CHAPTER 07 — TALENT & RESEARCH BASES

人材と研究拠点

核融合産業の成長を左右するのは、装置でも資金でもなく「人」です。

核融合エネルギー産業の拡大ペースを最も強く制約しているのは、実は資金でも規制でもなく「人材」です。本章では、世界的な人材争奪戦の状況と、日本の研究拠点、求められる職種、人材育成の取り組みを報告します。

世界的な人材争奪戦とFIA雇用統計

Fusion Industry Association(FIA)の調査によると、世界の核融合スタートアップの直接雇用は数千人規模まで拡大し、サプライヤーを含めた業界全体の雇用はその数倍に達しています。米CFS一社で従業員は1,000人を超え、各社とも「採用が開発スケジュールの律速要因」と公言する状況です。プラズマ物理の博士人材だけでなく、超伝導マグネットエンジニア、真空・極低温技術者、規制対応スペシャリストまで、あらゆる職種で人材が不足しています。

米中は大学院教育への投資で先行しており、特に中国は核融合関連の博士号取得者数で世界最多規模を誇ります。米国ではMITやウィスコンシン大学などがスタートアップへの人材供給源となり、産業界と大学の間で「人材の好循環」が回り始めています。日本にとって、この好循環をいかに国内で作るかが産業戦略上の重要課題です。

人材獲得競争は待遇にも表れています。米国の核融合スタートアップでは、経験豊富なマグネットエンジニアやプラズマ制御の専門家に対して、テック企業に匹敵する報酬とストックオプションが提示されることも珍しくありません。国境を越えた引き抜きも活発化しており、日本の研究機関・大学で育った人材が海外企業へ流出する事例も報告されています。人材の国際流動性が高まるほど、国内に魅力的な研究環境と事業機会を用意できるかが問われます。

FIAの調査では、核融合企業が挙げる成長阻害要因の上位に、資金調達と並んで「熟練人材の確保」が常に入っています。とりわけ産業界が必要とするのは、研究経験と実装経験を併せ持つ「橋渡し人材」です。研究装置を設計した経験を持ちながら、量産・品質保証・コスト管理の言語で語れる人材は世界的に希少であり、この層の厚みが国ごとの産業化スピードの差となって現れ始めています。

QST: 那珂と六ヶ所、日本の中核拠点

日本の公的研究の中核は、量子科学技術研究開発機構(QST)です。茨城県那珂市の那珂フュージョン科学技術研究所には、日欧共同で建設した世界最大級の超伝導トカマクJT-60SAがあり、2023年12月の初プラズマ達成以降、ITERを先取りする運転研究が進められています。青森県六ヶ所村の六ヶ所フュージョンエネルギー研究所では、原型炉設計、ブランケット開発、核融合中性子源に対応する材料照射研究(A-FNS計画)など、発電炉に直結する工学研究が行われています。

QSTはITER計画の国内機関として調達・人材派遣も担っており、日本企業がITERで獲得した製造技術と、QSTの研究人材が、国内スタートアップやFAST構想を支える技術基盤となっています。

QSTは近年、企業との共同研究や人材受け入れの枠組みを拡充しており、JT-60SAの運転・保守には国内メーカーの技術者が多数参加しています。国の研究装置が「産業人材の実地訓練の場」として機能し始めたことは、研究と産業の距離が縮まっている証左です。那珂と六ヶ所という2つの拠点は、日本の核融合人材が経験を積む中核インフラであり続けるでしょう。

JT-60SAでは欧州との共同運転を通じて、若手研究者が国際チームでの装置運転を経験できることも大きな財産です。ITERの運転開始後には日本から多数の運転要員・研究者が派遣される計画であり、国際プロジェクトで経験を積んだ人材が国内の発電実証を担うという人材循環が構想されています。

核融合科学研究所と大学研究室

岐阜県土岐市の核融合科学研究所(NIFS)は、世界最大級のヘリカル装置LHD(大型ヘリカル装置)を擁する大学共同利用機関です。30年以上にわたるヘリカル研究の蓄積は、スタートアップHelical Fusionの技術基盤となったほか、定常プラズマ運転のデータは方式を問わず世界の発電炉設計に貢献しています。NIFSは近年、装置の共同利用と併せて産業連携・人材育成機能を強化しており、総合研究大学院大学を通じた博士人材の育成も担っています。

大学では、京都大学(ヘリオトロンJ、京都フュージョニアリングの母体)、大阪大学(レーザー科学研究所、EX-Fusionの母体)、東京大学、東北大学、九州大学(球状トカマクQUEST)、筑波大学(ミラー型GAMMA10)などがそれぞれ特色ある装置と研究室を持ち、地域ごとに人材輩出の核となっています。スタートアップの多くが大学発である事実は、研究室の基礎研究が産業の苗床であることを端的に示しています。

大学研究室の役割は人材供給にとどまりません。プラズマ乱流の理論、材料の照射損傷、トリチウムの透過挙動といった基礎研究の成果は、企業が直面する設計課題の解決に直結します。産業化の加速に伴い、企業から大学への共同研究資金や寄付講座も増加傾向にあり、基礎研究と事業開発が近接する「核融合版の産学共創」が形成されつつあります。

求められる職種とスキルの広がり

核融合発電が装置研究からプラント産業へ移行するにつれ、求められる人材像は劇的に広がっています。プラズマ物理学者や炉設計エンジニアに加え、実際の求人で目立つのは、超伝導マグネット設計、極低温システム、電源・パワーエレクトロニクス、真空技術、溶接・非破壊検査、放射線管理、許認可・規制対応、プロジェクトマネジメントといった、既存産業と地続きの職種です。原子力・重電・半導体製造装置・航空宇宙の経験者は、核融合スタートアップにとって即戦力となります。

近年はここに、プラズマ制御へのAI・機械学習適用、デジタルツインによるプラント設計といったソフトウェア人材の需要が加わりました。「核融合=物理学者の世界」というイメージはすでに過去のものであり、キャリア市場としての核融合産業は多様な専門人材に開かれています。

とりわけ深刻なのは、高度技能職の不足です。超伝導コイルの巻線、真空容器の特殊溶接、精密計測機器の組み立てといった作業は、資格と経験を持つ技能者にしか担えません。造船・原子力・航空機産業の技能者の高齢化が進むなか、核融合はこれらの技能を継承する受け皿にもなり得ます。製造現場の人材確保は、研究者の確保と同じ重みで語られるべき課題です。

地域の視点も重要です。那珂・六ヶ所・土岐といった研究拠点の周辺には、装置の保守・部品供給を担う地元企業群が形成されており、研究拠点は地域経済の核としても機能しています。将来の発電実証プラントの立地は、数千人規模の建設雇用と長期の運転・保守雇用を生むため、地域振興策として核融合誘致を検討する自治体が現れることも予想されます。

エンジニアリング
需要 最大
プラズマ物理
需要 高
製造・技能職
需要 高
ソフトウェア/AI
需要 増加中
規制・事業開発
需要 増加中

図表1: 核融合企業の職種別人材需要イメージ(FIA調査・各社採用情報より当サイト整理)

スタートアップの採用動向

国内スタートアップの従業員数は、京都フュージョニアリングが100名を超える規模へ成長するなど、着実に拡大しています。特徴的なのは、重工・プラントメーカーからの転職者と、海外研究機関からの帰国人材が増えていることです。ストックオプションを含む報酬設計や、「エネルギー問題を自分の手で解決する」というミッションドリブンな組織文化が、大手メーカーとの人材獲得競争における武器になっています。

一方で、トリチウム取扱いや放射線管理など規制関連の専門人材、大型調達を回せるサプライチェーンマネージャーは国内で層が薄く、産業全体の共通課題となっています。

採用の裾野を広げる工夫も始まっています。核融合の社会的意義を伝えるアウトリーチ活動、インターンシップの拡充、博士人材のキャリアパス提示などにより、異分野からの転入を促す動きが活発です。エネルギー・気候変動問題への関心が高い若手世代にとって、核融合は「意義と最先端技術が両立する職場」として訴求力を持ち始めています。

教育機関側の動きとしては、大学院の核融合関連専攻の定員拡充や、複数大学が連携した教育プログラムの整備が進められています。高等専門学校でも真空・極低温・放射線管理といった核融合に直結する実務教育の強化が検討されており、研究者から技能者までの「人材のフルスタック」を国内で育成する体制づくりが、産業化の10年を支える土台として動き出しています。

人材育成プログラムと産学連携

政府のフュージョンエネルギー・イノベーション戦略は人材育成を重点課題に位置づけ、大学・高専でのカリキュラム整備、QST・NIFSでの実習受け入れ、国際機関への若手派遣などが進められています。J-Fusionも会員企業向けの人材交流や教育プログラムを展開し、「研究者の育成」から「産業人材の育成」への拡張が始まりました。核融合の人材基盤は10年単位で効いてくる投資であり、2030年代の発電実証を支える人材は、まさに今、育成の入口に立っています。

ビジネスの視点では、人材動向は業界の健全性を測る先行指標でもあります。求人数の推移、大学専攻の入学者数、スタートアップの離職率といったデータは、資金調達額よりも早く業界の実態を映します。核融合エネルギー産業への参入や投資を検討する企業は、技術・資金と並んで「人の流れ」を注視することをおすすめします。

まとめれば、日本は世界有数の研究拠点と装置を持ちながら、産業人材の規模では米中に劣後するという非対称な位置にあります。研究基盤という強みを産業人材の育成装置へ転換できるか。QST・NIFS・大学・スタートアップ・既存メーカーをつなぐ人材循環の設計こそが、2030年代の発電実証と、その先の産業競争力を決める土台となります。