CHAPTER 02 — GLOBAL RACE & ITER

世界の開発競争とITER

国際協力と国家間競争が併走する、核融合開発のグローバルな構図を読み解きます。

核融合開発は長らく「国際協力の科学プロジェクト」でしたが、2020年代に入り「国家と民間が覇権を争う産業競争」へと性格を変えました。本章では、国際熱核融合実験炉ITERの現在地と、米国・中国・欧州・日本それぞれの戦略を整理し、フュージョンエネルギーを巡る世界の勢力図を報告します。

ITER計画の全体像と7極体制

ITER(イーター)は、日本・EU・米国・中国・韓国・ロシア・インドの7極が参加する史上最大級の国際科学プロジェクトです。フランス南部サン・ポール・レ・デュランス(カダラッシュ地区)に建設中の巨大トカマク装置で、50MWの加熱入力に対して500MWの核融合出力、すなわちQ値10を実証することを最大の目標としています。総工費は当初想定を大きく超え、2兆円を優に上回る規模とされます。

ITERの特徴は、コストと知見を7極で分担する「現物調達方式」にあります。各極は資金ではなく、超伝導コイルや真空容器などの機器そのものを製造して持ち寄ります。日本は中心ソレノイド用の超伝導導体やトロイダル磁場コイルなど中核機器を担当し、三菱重工業、東芝エネルギーシステムズ、古河電気工業、フジクラといった日本企業が製造を担ってきました。この調達活動を通じて蓄積された製造技術こそが、現在の核融合サプライチェーンにおける日本企業の競争力の源泉です。詳細はサプライチェーンと素材産業で解説します。

ITERはまた、世界最大の「核融合人材養成機関」としても機能しています。建設現場には数千人規模のエンジニアが集まり、7極から派遣された研究者・技術者が巨大プロジェクトのマネジメントを実地で経験しています。ここで育った人材が各国の国家プロジェクトや核融合スタートアップへ還流しており、ITERの価値は装置そのものにとどまらず、産業全体の知的基盤の形成にあると評価されています。

2024年新ベースラインとITERの現在地

ITER機構は2024年、プロジェクト全体計画を見直した「新ベースライン」を発表しました。従来2025年とされていた運転開始(ファーストプラズマ)は、より完成度の高い状態で立ち上げる方針に改められ、本格的な研究運転の開始を2034年、核融合出力を伴う重水素-トリチウム(DT)運転の開始を2039年とするスケジュールに再設定されました。第一壁材料をベリリウムからタングステンへ変更するなど、後続の原型炉(DEMO)に直結する技術選択も盛り込まれています。

遅延の一方で、建設と機器製造は着実に前進しています。2024年から2025年にかけてトカマク本体の組み立てが本格化し、2025年には世界最大のパルス磁石システムである中心ソレノイドを構成するコンポーネント群の完成が発表されました。ITERの遅延は「国際協力ルートの限界」と論じられることもありますが、ITERで確立される燃焼プラズマの物理データ、トリチウム取扱技術、規格・基準は、民間の核融合発電プロジェクトにとっても不可欠な公共財であり、産業界はITERと民間開発を補完関係として捉えています。

新ベースラインには、リスク管理面の改善も含まれています。主要機器の完成度を高めてから組み立てる方式への転換、段階的なコミッショニングの導入などにより、後戻り作業の削減が図られました。巨大国際プロジェクトの計画修正は先例として、各国の原型炉や民間プロジェクトの工程管理にも教訓を提供しています。

米国: NIFの点火と民間スタートアップの台頭

米国の存在感を決定づけたのは、2022年12月の国立点火施設(NIF)による「点火」達成です。レーザー投入エネルギー2.05MJに対し3.15MJの核融合出力を記録し、投入を上回るエネルギーを取り出せることを人類史上初めて実証しました。NIFはその後も記録を更新し続け、2025年には8MJ超の出力を達成したと報じられています。この科学的成功が、核融合発電への投資家の見方を根本から変えました。

米国のもう一つの強みは、世界最多の核融合スタートアップ群です。MIT発のCommonwealth Fusion Systems(CFS)は高温超伝導マグネットを用いた小型トカマクSPARCを建設し、2027年前後のQ>1実証、続いて商用初号機ARC(バージニア州、40万kW級)による2030年代初頭の発電開始を目指しています。Helion EnergyはMicrosoftと世界初のフュージョン電力購入契約を結び、TAE Technologiesや Zap Energyなど多様な方式の企業が続きます。エネルギー省(DOE)は開発費の一部を成果連動で支援する「マイルストーンプログラム」で民間を後押しし、官民分業の産業化モデルを確立しつつあります。

米国の強みは政策の継続性にもあります。核融合支援は民主・共和両党から支持を得ており、政権交代の影響を受けにくい数少ないエネルギー分野です。エネルギー省の年間核融合予算は数億ドル規模で推移し、これに州政府のインセンティブや国立研究所の設備開放が加わります。規制・資金・人材の三拍子が揃った米国のエコシステムは、世界中の核融合スタートアップと投資マネーを引き寄せる重力場となっています。

国立研究所の役割も見逃せません。プリンストン・プラズマ物理研究所やオークリッジ国立研究所は、装置・計算資源・照射データを民間に開放し、スタートアップの開発を加速させています。基礎研究インフラを公共財として民間に接続するこの仕組みは、日本が国内で再現を目指すモデルでもあります。

中国: 国家主導の物量戦とEASTの記録

中国は国家主導で核融合に巨額の資源を投じており、その投資規模は年間15億ドル以上と推計され、米国政府予算を上回るペースとされます。合肥の超伝導トカマクEASTは2025年1月、1億度級の高閉じ込めプラズマを1,066秒間維持する世界記録を樹立しました。長時間運転の実績は、発電炉に必須の定常運転技術で中国が先頭集団にいることを示しています。

さらに中国は、燃焼プラズマの実証を狙う新装置BEST(Burning plasma Experimental Superconducting Tokamak)を合肥で急ピッチで建設しており、ITERを待たずに独自路線で燃焼プラズマとその先の工学実証炉CFETRへ進む構えです。人材面でも核融合分野の博士号取得者数で世界最多規模を誇り、「核融合発電の第一号を中国が握る」シナリオは、米欧日の政策当局が最も警戒するリスクとなっています。

中国の強さは装置だけではありません。核融合関連の学術論文数・特許出願数はともに世界トップクラスに達し、太陽光パネルや電気自動車で見せた「国家主導の量産・低コスト化」の再現を核融合でも狙っていると見られます。仮に技術水準で米欧日と同等であっても、建設スピードとコストで上回れば商用化競争の勝者になり得る点が、中国モデルの脅威と言えます。

欧州・英国: JETの遺産とSTEP・民間勢

欧州は、2023年末に運転を終了した英国のJET装置で、D-T運転による69MJのエネルギー発生という世界記録を残しました。JETで培われたトリチウム運転の経験は、ITERおよび欧州原型炉EU-DEMOへ引き継がれています。EUはユーラトムの枠組みでITERを最大極として支え、ロードマップの中核に据えています。

EUを離脱した英国は独自路線を選び、国家プロジェクトSTEP(Spherical Tokamak for Energy Production)で2040年頃の発電実証を目指しています。石炭火力発電所跡地(ウェストバートン)を建設地に選定し、地域再生と一体で進める点が特徴です。民間でも、球状トカマクのTokamak Energy(英)、ステラレータのProxima Fusion(独、2025年に欧州最大級のシリーズA調達)、Renaissance Fusion(仏)など欧州スタートアップが台頭し、EUも民間支援策の整備を急いでいます。

ドイツの動きも注目されます。世界最先端のステラレータWendelstein 7-Xを擁するマックス・プランク研究所の技術基盤の上に、Proxima FusionやGauss Fusionといったスタートアップが誕生し、政府も核融合を将来のエネルギー戦略に位置づけた支援プログラムを開始しました。脱原発を完了したドイツが核融合には積極投資するという構図は、核融合が既存原子力とは異なる社会的受容を得つつあることを象徴しています。

日本の位置づけとJT-60SA

日本は、ITER計画の主要極であると同時に、欧州との共同プロジェクト「幅広いアプローチ(BA)活動」の下で世界最大級の超伝導トカマクJT-60SA(茨城県那珂市)を建設し、2023年12月に初プラズマを達成しました。JT-60SAはITERの運転を先取りする実験と、原型炉に向けた高圧力プラズマの定常化研究を担い、日本が燃焼プラズマ時代の運転ノウハウを獲得する足場となります。

一方で、日本の課題も明確です。国家予算の規模では米中に及ばず、発電実証の国内立地や規制整備はこれからが本番です。強みであるサプライチェーンと研究基盤を、国内の実証プロジェクトと海外市場への供給の両方へいかに接続するか。2025年に改定された国家戦略の実行力が、日本が開発競争の主要プレイヤーであり続けられるかを左右します。詳細は国家戦略と投資動向で報告します。

下の年表は、世界の主要マイルストーンを時系列で整理したものです。国際協力(ITER)、国家プロジェクト(STEP、BEST)、民間(SPARC、Polaris)という3層のプレイヤーが、2020年代後半から2030年代にかけて相次いで結果を出す構図が見て取れます。

  • 2022.12米NIFがレーザー核融合で史上初の「点火」を達成(Q>1)
  • 2023.12日欧のJT-60SAが初プラズマ達成。世界最大級の超伝導トカマクが運転開始
  • 2024ITERが新ベースライン発表(2034年運転開始・2039年DT運転)
  • 2025.01中国EASTが1,066秒のプラズマ維持で世界記録更新。BEST建設が進行
  • 2026-27米CFSのSPARCが初プラズマ・Q>1実証へ。Helion Polarisが発電実証に挑戦
  • 2030年代ARC(米)や日本の発電実証プラント、英STEP(2040年頃)が相次ぎ稼働を計画

図表1: 世界の核融合開発マイルストーン年表(2026年時点、当サイト整理)

開発競争の主戦場は、プラズマの科学実証から「発電コストと建設スピード」の産業競争へ移りつつあります。この競争を支える各国の政策と資金の流れは、国家戦略と投資動向で詳しく報告します。