核融合発電は、技術開発と同じくらい「政策と資金」で動く産業です。本章では、日本のフュージョンエネルギー・イノベーション戦略を起点に、米英中の国家プログラム、そして急拡大する民間投資とビッグテックの電力購入契約(PPA)まで、資金の流れを整理します。
日本: フュージョンエネルギー・イノベーション戦略
日本政府は2023年4月、内閣府主導で「フュージョンエネルギー・イノベーション戦略」を策定しました。核融合を「次世代エネルギー」であると同時に「産業競争力の源泉」と位置づけ、フュージョンインダストリーの育成を国家目標に掲げた点が画期的でした。従来のITER・原型炉中心の研究開発路線に、スタートアップと民間投資を加えた「二正面作戦」への転換です。
さらに2025年の改定では、原型炉を待たずに2030年代の発電実証を目指す方針が明確化され、目標時期が大幅に前倒しされました。あわせて、核融合特有の安全規制の基本的な枠組みづくり、SBIR制度やNEDOプログラムによるスタートアップ支援、ムーンショット型研究開発への組み込みなど、実装に向けた政策パッケージが拡充されています。規制が核分裂(原子炉等規制法)とは別体系で整備される方向であることは、事業予見性の面で産業界に歓迎されています。
資金面では、ムーンショット型研究開発制度やSBIRフェーズ3を通じた大型支援に加え、2020年代半ばからは補正予算による研究開発拠点・試験設備への投資も行われています。文部科学省がITER・JT-60SAなどの国際約束を、経済産業省・内閣府が産業化支援をそれぞれ担う体制が整理され、「科学技術政策」と「産業政策」の二本柱で核融合を推進する枠組みが定着しつつあります。原型炉に向けた技術基盤を維持しながら、民間の発電実証を側面支援するという二正面の予算配分が、今後の焦点となります。
規制面では、内閣府の有識者会議が核融合の安全確保の基本的考え方を取りまとめ、放射線障害防止の枠組みをベースに、施設の特性に応じた合理的な規制を段階的に整備する方向性が示されています。核分裂のような重厚な規制体系をそのまま適用しない方針が明確になったことで、国内で発電実証プラントを建設する際の制度的な見通しは大きく改善しました。残る論点はトリチウムの取扱量に応じた基準の具体化と、立地自治体との合意形成プロセスの設計です。
米国: マイルストーンプログラムと官民分業
米国は2022年に「核融合商用化に向けた大胆な10年ビジョン」を打ち出し、エネルギー省(DOE)のマイルストーン型官民連携プログラムで民間開発を支援しています。これはNASAが商業宇宙輸送でSpaceXを育てた手法の核融合版で、企業が発電所設計のマイルストーンを達成するごとに政府資金を支払う成果連動型の仕組みです。CFS、Helion、TAEなど複数社が採択され、「政府は環境整備と基礎研究、開発リスクは民間資本が取る」という分業モデルが確立しつつあります。
加えて、規制面では原子力規制委員会(NRC)が2023年、核融合を既存の原子炉ではなく粒子加速器と同等の枠組み(byproduct materials規制)で規制する方針を決定しました。これにより許認可の負担が大幅に軽減され、米国が「核融合発電所を最も建てやすい国」になったことが、世界のフュージョンマネーを米国に引き寄せています。
州レベルの誘致競争も活発です。バージニア州はARC発電所の誘致にあたり許認可や電力会社との調整を支援し、他の州もデータセンター需要と結びつけた核融合誘致策を検討しています。連邦の規制明確化と州のインセンティブが組み合わさることで、米国では「核融合発電所の立地市場」という新しい競争が生まれつつあります。これは将来、日本の自治体にとっても示唆的な動きです。
マイルストーンプログラムの意義は金額以上に「政府による技術の目利き」にあります。採択企業は政府の専門家審査を通過したというシグナルを獲得し、民間調達が容易になります。少額の公的資金で多額の民間資金を誘導するこのレバレッジ構造は、財政制約下で産業を育成する手法として、日本のSBIR制度の運用にも影響を与えています。
英国STEP・EU・中国の国家投資
英国は国家プロジェクトSTEPに数十億ポンド規模を投じ、2040年頃の発電実証を目指すと同時に、規制・標準・人材で「フュージョン先進国」の地位を狙っています。核融合を核物質規制から切り離す専用法制をいち早く整備し、Tokamak Energyなど自国スタートアップの育成にも積極的です。EUはITERとEU-DEMOを軸としつつ、2020年代半ばから民間活用への政策シフトを模索しています。
中国の核融合投資は国家主導で年間15億ドル超と推計され、主要国で最大規模です。EAST・BESTを擁する合肥には核融合産業クラスターが形成され、国有企業連合による商用化会社も設立されています。米中の技術覇権競争がAI・半導体から核融合発電へ拡大しているというのが、2026年時点の国際政治の現実です。
その他の国々も布石を打っています。韓国は超伝導トカマクKSTARの長時間運転実績を土台にK-DEMOを構想し、インドはITER参加で得た技術を国内計画へ展開しています。中東の政府系ファンドは米欧の核融合スタートアップへの出資者として存在感を増しており、エネルギー輸出国が「石油の次」への布石として核融合に資金を投じる構図も現れています。核融合を巡る国家間の合従連衡は、今後の国際エネルギー秩序を占う先行指標と言えるでしょう。
国際枠組みの整備も進んでいます。G7は2023年以降、核融合の研究開発協力と規制調和を議題に取り上げ、IAEAは世界核融合エネルギーグループを立ち上げて商用化に向けた国際的な情報共有を開始しました。規格・基準の国際調和は、機器を輸出する日本のサプライヤーにとって市場アクセスを左右する実務的な論点であり、標準化交渉への参画自体が産業戦略の一部となっています。
民間投資: 累計約100億ドルへの急拡大
業界団体Fusion Industry Association(FIA)の年次調査によると、世界の核融合スタートアップへの民間投資は累計で約100億ドル規模に達しています。2021年の「第一次ブーム」(CFSやHelionの大型調達)に続き、2024〜2025年には生成AIによる電力需要拡大を背景とした「第二次ブーム」が到来し、CFSの8.63億ドル調達(2025年)、Helionの4.25億ドル調達、Proxima Fusionの欧州最大級調達などが相次ぎました。
投資家層も、当初のディープテックVCやビリオネア個人(ビル・ゲイツ、サム・アルトマン、ジェフ・ベゾスら)から、ソブリンファンド、エネルギーメジャー、事業会社、そしてNVIDIAのVC部門まで広がっています。日本でも政府系ファンドや大手企業のCVCが国内外の核融合スタートアップへ出資しており、リスクマネーの供給体制は着実に厚みを増しています。
投資の「質」の変化も見逃せません。初期はビジョンに賭けるベンチャー投資が中心でしたが、近年は発電所の建設・運転を見据えた事業会社・電力会社・インフラ投資家の参画が増え、資金の性格が研究開発資金から事業資金へ移行し始めています。SPARCやPolarisといった実証装置が結果を出す2020年代末には、成功した企業に対してプロジェクトファイナンス型の大型資金が流入する一方、実証に失敗した方式からは資金が急速に引く「選別の時代」が到来すると予想されます。
図表1: 世界の核融合民間投資の推移イメージ(FIA年次調査等の公開情報より当サイト整理、累計約100億ドル規模)
ビッグテックのPPA: 需要側からの資金流入
投資と並ぶ新しい資金の流れが、電力購入契約(PPA)による「需要側からのコミットメント」です。2023年にMicrosoftがHelion Energyと2028年供給開始を目指す世界初のフュージョンPPAを締結したのに続き、2025年6月にはGoogleがCFSのARC発電所(バージニア州)から200MWを購入する契約を結びました。イタリアのエネルギー大手Eniや米電力会社も相次いで核融合企業との提携を深めています。
PPAは、発電所が存在しない段階で将来の売電先を確定させるもので、スタートアップにとっては事業計画の確度を高め、次の資金調達を容易にする強力なシグナルとなります。AIデータセンターの電力需要に直面するビッグテックがなぜ核融合電力を先買いするのかについては、ブログ記事で詳しく分析しています。
需要側コミットメントの広がりは、電力会社にも波及しています。米Dominion EnergyはARC発電所の立地・系統接続で協力し、欧州や アジアの電力会社も核融合企業との協業検討を公表しています。発電事業のプロである電力会社が核融合を将来の電源ポートフォリオに組み込み始めたことは、技術の成熟が「研究」から「電源計画」の対象へ進んだことを意味します。
今後の資金動向を占う指標は3つあります。第一に、SPARCなど主要実証装置の実験結果と、それを受けた次ラウンドの調達規模。第二に、フュージョンPPAの件数と契約条件の変化。第三に、各国政府の規制整備と発電実証プロジェクトへの予算措置です。これらが揃って前進すれば、2020年代末には核融合が「ベンチャー投資の対象」から「インフラ投資の対象」へ格上げされる転換点を迎えると見られます。
日本企業にとっての実務的な含意は明確です。政策動向は補助金の獲得機会であると同時に、規制・規格という形で参入条件を規定します。内閣府・文科省・経産省の審議会資料、J-Fusionの提言、海外の規制当局の動きを定点観測することは、核融合ビジネスに関わるすべての企業にとって、技術ウォッチと同等に重要な情報活動と言えるでしょう。
国家戦略・民間投資・需要側コミットメントの3つが揃ったことで、核融合エネルギー産業の資金基盤はかつてなく強固になりました。次章では、この資金が向かう先である「発電実証」の各ルートを比較します。